階段をおりて、金彩のカップ

階段をおりて、ごきげんようと言いたくて。

階段をおりる①9月下旬11:20

雨が上がって、傘は邪魔だった。

コンビニの裏に。
うっかり見過ごしてしまいそうな、地下へ続く階段。

階段の周りには、誰もいない。

え……おりるの?

一人で来たのだもの、聞く相手もおらず。

恐る恐る、ヒールが鳴らないように、滑らないように、階段をおりると。

長身、長髪の男性がひとりきりで、直立していた。



「おかえりなさいませ。ご予約のお名前をいただけますでしょうか」



作ったような低い声。
対して、わたしの声は上擦る。



「メアリです」
「ありがとうございます。まもなくお屋敷へご案内いたします」



インカムに、予約時間と、人数と、何某か伝えて、



「それではお嬢様、奥の扉の前へお進みください」



と、左手のアンティークな扉の前へ促される。

(この人はずっと立ったままなのだろうか…交代とか無いのかしら…)



扉の前には階段が2段。

段を上らずに数秒待っていたが、扉が開く気配はない。

お進みください、とは、どこまで進めばよいのだろうか……

背中に、長髪の男性の視線を感じて、ようやく段を1つだけ上がった。(扉が外開きだったらぶつかってしまう、なんて、冷静に考えたら有り得ないことを危惧していた)

扉の摺りガラスの向こうに人影が見えて、内側へと開く。(やはり内開きだった)



「おかえりなさいませ、お嬢様」



眼力のある小柄なおじさまと、大学生に見紛うほど若い、茶髪のイケメンのお兄さんが立っていた。
おじさま(執事)がご自分とお兄さん(フットマン)の紹介をされて、荷物を預かっていただく。



ご案内いたします、と、中へ誘うフットマンの後ろを歩くと、廊下や、フロアへ下りる幅の広い階段の側にたくさんの使用人がいて、「おかえりなさいませ」と声をかけてくださる。
少し背中の曲がったおじいちゃま執事さんも、にっこり笑って「おかえりなさいまーせ」と。

わたしの席はソファの一番端、使用人が(恐らく厨房に)出入りする通路に近いところだった。



お品書きを渡したフットマンは、薄く微笑みながら



「お嬢様は久し振りのご帰宅でいらっしゃいますか?」



とわたしに声をかける。
なるほど、予約しても、そこまでは管理されていないのか。



「初めてです」
「10数年ぶりのご帰宅ということでございますね!」
「(20数年ぶりです)」



フットマンの金木さんに(少し噛みながら)メニューの説明をいただいて、すぐアンナマリアを注文。お茶はアッサム。

初めての、もとい20数年ぶりの帰宅であっても、金木さんはお勤めして日の浅い方だと感じられた。しかしとても一生懸命で、何より自然なところに好感が持てた。

オーダーを終えると、執事の嘉島さんがいらして、



「クロークのキーでございます。どうぞお時間まで、ごゆっくりお楽しみくださいませ」



と、ゆっくりした動きで小さな籠にキーを入れる。
傘を預かっていただいただけなのに、こんな丁寧に。

フロア内を見渡すと、お化粧もほどほどの、非常にカジュアルな"お嬢様"や、わたしの母ほどの"お嬢様"2人組、髪をブロンドに染めた"お嬢様"などが、おおよそ1人か少人数で、帰宅を楽しんでおられた。

姿勢の良い"お嬢様"や、気合を入れた服やメイクの"お嬢様"は少なく感じられた。
裏を返せば、平日の昼時に帰宅されるような"お嬢様"は、本当の自宅のようにお寛ぎになっているのかもしれない。
……少し皮肉めいた書き方になってしまったけれど、多くの"お嬢様"と場を共有するなんて、それ自体が奇妙な状況なのだから、何のことはない。



紅茶と食事は思ったより早く来た。



カップは、ノリタケのレースウッドゴールド ピンクをご用意いたしました」



処女性の感じられるカップとはこのことだろう。冒険しないけれど、可愛らしいカップ。紅茶は香りはよいけれど、味はあまりせず、そこそこ。

温められたスコーンはとても美味しい。設定の『英国びいきの大旦那様』のお屋敷であれば、クロテッドクリームの量は何倍かに増やすべきであろう。"お嬢様"方の体型を気にしてのことかもしれないが。

しかし、何につけても、ケーキスタンドから、プレートを1つずつ外されるのに違和感がある。笑ってしまいそうになる。通常、取皿を1枚用意して、フードを1つずつ摘んでいただくもののはず。
フットマンに給仕させている感を味わってほしいのか、洗い物を減らしたいのか。

そんなことを考えながら、もぐもぐもぐもぐ……



ときどき鳴らすベルの音が大きくて、自分でも驚いてしまう。平気で鳴らすけど。



園田さんは色のきれいなゼリーの話。
香川さんは紅茶の話とみなさんの制服の話。

金木さんに、



「このベルはとても響くのね」



と何気なく話しかけたら、



「久し振りに(初めて)ご帰宅されるお嬢様は、ベルを鳴らすことを躊躇なさる方が多いのですが、さすがお嬢様は肝が座っていらっしゃいます」



と、キラキラの笑顔で言われた。
褒めているらしい。

キームンも香りは良かったけれど、味が薄かった。紅茶係とやらが全卓のお茶を淹れているのか?その辺は謎である。



美味しさを求める"お嬢様ごっこ"なら、これまでどおり百貨店のほうがいい。
それでも、次に帰宅するときは、なんて、出発前から思ってしまうくらい、スワロウテイルは居心地が良かった。



織りの美しいソファと、クラシック。

綺麗なカップと、背筋の伸びた使用人。

思い切り"お嬢様"な服を着て、喋り方をして、思い切り上品に振る舞っても、白々しく笑うひとは誰もいないのだ。



「お嬢様。お名残惜しゅうございますが、お時間でございます」





ドアマン:時任さん
執事:嘉島さん
フットマン:金木さん
お世話いただいた方:園田さん、黒崎さん、香川さん
お見かけした方:藤堂さん、伊織さん、百合野さん、隅川さん、影山さん(他お名前不明)

お食事:アンナマリア(サンドイッチ)
紅茶:ヴァサンティ(アッサム)、フォンディエ(キームン)
カップノリタケ レースウッドゴールド(ピンク、ブルー)