階段をおりて、金彩のカップ

階段をおりて、ごきげんようと言いたくて。

【名古屋の仮住まい編】アルマンドに愛の挨拶を_3月中旬

新幹線で名古屋の仮住まいへ。


今年初めて着たトレンチコートは、長旅で少し皺になっていたけれど、春のやや強い風に揺れる。
最寄り駅から歩いて、程無くして、赤いレクサスを見つけた。

奥の玄関へ近付くと、側のスタンドにメニューのような本が開いてあって、『おかえりなさいませ』と見えた。

すぐに、玄関とは別の扉が開く。お出迎えいただいたのは、古渡さん。

玄関側の、ストーブの焚かれたスペースへ促され、館内のルールを聞く。写真だめよ、とか。本当に徹底しているから、この場でお話になるのね。席に通してからではなくて。
(きょうは暖かかったからいいけれど、極寒の日とか猛暑日はしんどそう)

少し早く着いたので、わたしが書いていた趣味や苦手なものや希望を確認される。お料理がお好きなんですって。



仮住まいは、なんというか、結婚式場に雰囲気が似ている。白い壁に、ランプが……あったかな……
艶のある深いブラウンの玄関が開かれると、片手を背に回して、深く頭を下げたおしゃれヘアのおじさまが現れた。



「おかえりなさいませ」



担当の猫洞さんはとっても素敵。お話が面白くて、気を遣わせなくて。
猫洞さんの横には、綺麗な生け花が置かれて、真上にはゴールド系のシャンデリア。
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部屋の奥には玄関と同じブラウンの扉が左右に、2つ。飾り棚も濃茶で揃えられていた。

古渡さんも、猫洞さんも、質のよさそうな三つ揃いのスーツを着ていた。年齢にも合った、落ち着いて自然な感じ。

左奥の扉へ促されると、白壁さんが待っていらした。ここはクローク。
赤い絨毯だった気がする。玄関からここまで、明るすぎない暖色系の照明で、落ち着く。
白壁さんは写真で見たとおり、しっかり者といった雰囲気。きっちり縁取られた口紅が鮮やかだった。コートと鞄を預かっていただいて、更に中へ。



白の部屋は明るい。
照明も薄橙色ではなく、もう少し明るい色味。
思ったより小さなお部屋だった。窓がないからそう感じるのかもしれない。

わたしの席を含めて、たった4組のテーブル。
向かいの席にはピンクの服を着たくまのぬいぐるみがゆったりとかけて、小首をかしげて、わたしを見つめる。

広めのテーブルをひとりで使う贅沢さ。赤のランナーが敷かれていた。
すぐに水出しのダージリンと、クッキーが運ばれてくる。ダージリンの入ったグラスは二重になって、とてもおしゃれ。

ワゴンが2つ、それぞれ、テーブルの右側、左側に付けられた。こぼれそうなくらい、お料理の乗ったワゴン。
猫洞さんの説明を聞きながら、必死に覚えるわたし。ゆったり座りながら、海馬をフルに働かせる。



「試食の日」だったようで、4月のメニューを試すことができた。ルンダンのルは巻き舌するか否か、それが問題だ。

2回分のオーダーを終えて、シャンデリアを見ながら一息つく。壁際のソファは、ほんのりベージュがかった、白々しくないホワイトと、水色に近いブルーのストライプが素敵。
隣のテーブルとは、ゆったりとしたスペースをもって、半透明のカーテンで仕切られている。

壁際では、小さなくまのぬいぐるみの横で、加湿器がしゅうしゅうと鳴る。
とても静か。



「お嬢様、お待たせいたしました」



水色の美しいアルマンドのプレートに、上品に盛られたお食事。
ナイフの要らないキッシュ(「歯も要りません」と猫洞さん)、大好きな菜花のマリネ、ラムのマッシュポテト添え。
わたしは、スパイシーなルンダンに、さっぱりとしたキャロットラペがお気に入り。
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ルンダンはもうちょっと、辛さか、スパイスが強いとよかったかな。試食はおかわりできないのね。

しかし、アルマンド何枚あるのかしら……次から次へと出てくる。豪華。

外が暖かかったから、冷たい飲み物ばかりお願いしてしまった。アイスのほうじ茶は食事にぴったり。グラスには蔦模様が、愛らしく。



デザートは四角いプレートに盛られて、後から運ばれてきた。チョコレートでうさぎさんと、ト音記号と、"おめでとう"の文字。



「お嬢様、おめでとうございます」



みなさんが集まって、恭しく頭を下げて、お祝いしてくださった。
お祝いしてほしい、と手帳に書いたけれど、こんなにきちんと祝ってもらえると思わなくて、驚いてしまった。矢田さんが「お嬢様、目をまんまるくして!」と笑う。



猫洞さんとはお仕事にご縁があったようで、そのお話を。猫が魚を捌く……とな……。すごい目力での「がぁぁんばれぇぇぇ!」。
白壁さんは後から駆けつけて、お祝いの言葉を。「みなさんから可愛がられていたってことです。ありがたいわねえ!」と、ぴかぴかの笑顔。
神沢さんは紅茶を注いで、「さくら」の素敵なお話を教えてくださった。可愛いおじいちゃま……。岡崎の紅茶は水色が綺麗。明るく"深みのある"色。



金彩の美しいままのアルマンドカップで紅茶を飲んでいると、エルガーの愛の挨拶が流れた。古本屋のぬいぐるみが歌っていた、あの日本語詞が頭に浮かぶ。

げんきにあいさつしましょう
こころのあくしゅをしましょう……



間もなく、猫洞さんが懐中時計を取り出して、お迎えにいらした。

コートを着せてくれたばあやと「ごきげんよう」と別れて、
バスタブが大好きな彼に似た猫洞さんと「いってきます」と別れて、
玄関を出たところで、ホッカイロをくれた俳優さんみたいなおじさま(お名前不明)と別れて、
ひとりになって、また風に吹かれても、にこにこが止まらないまま帰路についた。


名古屋のみなさんは、お仕えがとても自然で、本気なのが見て取れた。初めて会ったのに、大切にされているという実感、快さ。あれは「キャスト」ではない。生業になっている。

毎日を生きる"主"のために全力を尽くそうとする彼らは、わたしにとっての避難所で、支えとなる。





わたしは、心を痛めてから、たくさんの避難所を見つけてきた。そこへ、自分の足で辿り着いたことを誇りに思う。
何でもお話を聞いてくれる先生、大好きなぬいぐるみ、池袋の本邸、名古屋の仮住まい、何年も通うティールーム、実家の近くの喫茶店……


そうして、支えとなる彼らのために、自分で涙を拭いながら、生きていかなければと、思いを新たにするのだ。

ごきげんよう」と、言うたびに。