階段をおりて、金彩のカップ

階段をおりて、ごきげんようと言いたくて。

階段をおりる㉘2月下旬11:20

しばらく帰宅しなかったから、気持ちも落ち着いて、晴れやかな気持ちで池袋へ。

もうあらゆる期待を捨てて、まっさらな心持ちで扉をくぐることを固く誓って、人混みをすり抜けて、横断歩道へ。

信号が点滅する前でも、そろそろかな、と思ったら渡れない。自分でも認識している神経質さ。

こだわりが強い自分は、ときどき、自分の首を絞めてしまう。スワロウテイルに持ち込むこだわりは、お嬢様としてのマナーだけにとどめておきたい。





「お帰りなさいませ」



心持ちゆっくり階段をおりると、ドア前に立つのは時任さん。
先客はおらず、すぐにソファーで待つことができた。
待っている間、ドアマンは死角にいるのでリラックスできる。彼らも"お嬢様"に見えないところで、どうか脚を休めていてほしい。



通されると、担当は杉村さん。
なんとなく、私が引いてしまって申し訳ない、と思ってしまった。旅立ちを悲しむ、彼のファンの"お嬢様"はたくさんいるだろうから。



予想通り、杉村さんはあちこちのテーブルの"お嬢様"にその旅立ちを惜しまれて、声をかけられていた。
運ばれたまま、空のグラスにお水を注いでくださったのは、同じく旅立たれる汐見さん。たまたま近くにいらしたので、ボトルを持って寄ってくださった。



「ずいぶん髪伸びましたね」
「ええ、私なぜか髪が伸びるのが早く。そろそろすっきり切ろうかと思っております」
「すっきりさせて、新たな気持ちで、旅立たれるのね」
「…ご存知でしたか」



本当はもう少しサロンにいるつもりだったのですが、と、ほんの少しだけ暗い表情を見せた汐見さんに内心驚いた。
クールな方だと思っていたのに。



「お嬢様は何度か担当させていただきましたので、寂しゅうございますが、まだおりますので」



またご帰宅をお待ちしております、と、最後は笑って頭を下げていった。

わたしも、あと2週間で、今の職場を去る。
それと重ねてみると、なんとなくあの表情の意味が分かるような気がした。
旅立ちが、自分で出した決断とはいえ。



変わって、杉村さんとは、旅立ちの話は一切しなかった。コミックの話ばかり。
ただ、メニューの選択を杉村さんにお任せしたり、杉村さんの紅茶を頼んだりしたので、その意は伝わったと思っている。

シルヴィアスは通い始めの頃に一度頼んだことがあって、そのとき隣の卓を担当していた杉村さんを、初めて認識した。
「唐辛子は具材です」と言い放った彼の言葉を忘れることはないでしょう。

杉村さんが"お嬢様"たちとの話に花を咲かせて、カップが空いてしまっても、不思議となんとも思わなかった。
彼がわたしの「お気に入り」ではないことも理由のひとつではある。心に余裕があった。ティーサロンの環境にいつも以上に満足したわけでもないが、諦めともまた異なるものだ。

やはり、「お気に入り」をつくってしまうことは、こだわりの強いわたしにとっては、諸刃の剣なのだろう。現に、今回は、お気に入りの彼がフロアにいないから、"なんとも思わなかった"のだから。





ドアマン:時任さん
執事:司馬さん
フットマン:杉村さん
お世話いただいた方:新人さん(櫛方さんかな?)、椎名さん、ギフトショップで瑞沢さん
お見かけした方:環さん、佐々木さん、浪川さん、汐見さん、園田さん、相良さん、鹿野さん、ギフトショップで的場さん
お食事:ダ・ヴィンチで杉村さんにお任せ。
    小エビとスティックブロッコリーのパスタ、サラダは和風ドレッシング、プティデザートA
紅茶:シルヴィアス(残りわずかとのこと)
  (紅茶係:有村さん)
カップウェッジウッド コーヌコピア