階段をおりる⑯12月上旬10:30
朝イチなのに、3分遅刻で帰宅。
池袋駅から走って8分でお屋敷へ。
「お食事前の運動でございますね」
鼻濁音の貴公子・香川さんに、持っている中で一番厚いコートをお預けして(走ってきたから暑かった…)、改めてご挨拶。
今日は初めての百合野さん担当!
うわあ。推しじゃないけれどうれしい。やっぱり、笑顔も所作もとっても素敵だもの。
「今日はね、よきものがあるの」
暖炉から2番目くらいのソファ席について、濃紺の紙製のカードを渡すと、百合野さんは驚いたような顔をした。
「! とうとう、でございますか。
よくお顔をお見かけいたしますし、存在感のあるお嬢様ですから、まだお名前呼びでないのが不思議でおりました。
……ポイントカードを途中で失くされた、とか?」
「失くしてないわ。存在感、って、いい意味ならいいのだけど」
確かに、百合野さんはよくお見かけする。当初は早番帰宅が多かったので、帰宅すればだいたいお会いできていた。
「もちろん、いい意味で申しています」と笑って、カードをじっと見つめる。
「では、メアリ様とお呼びいたしましょう」
百合野さんは、身体をこちらへ真っ直ぐに向けず、斜めに立ってお話しされる。そして可愛らしい笑顔。わたしも美意識を高く持たなければ。整っていない髪にそわそわしてしまう。
この日は2回帰宅の予定だったので、初回のお食事はヤヌス。伊織さんのピュアティーを飲まなければ、と、お茶はアンバーで。
「おかえりなさいまっせ」
藤堂さんがご挨拶にきてくださったので、今日からお名前なの!と報告すると、「あらぁ!そろそろ決まるかしらと思ってました」と嬉しそうに手帳を取り出された。
「お名前、なんておっしゃるの?」
「メアリです」
「メアリお嬢様ね、忘れないように書いておきましょ」
ちらっと見えた手帳には、ボールペンで書かれたお嬢様の名前が、何ページも、ずらずらずらっと。本当にご立派でいらっしゃる。
でも、お名前単体じゃ覚えられないよね。特徴とか一緒に書かれているのかしら。わたしも記憶力のよいほうだけれど、この姿勢は見習わないと。見習います。
フロアを見れば、久し振りのお顔がちらほら。
影山さん、隈川さん……日比野さん。
お化粧直しから席に戻るタイミングで、百合野さんとお話。
「今日は日比野さんがいるのね」
「はい。親鳥・雛鳥で見守ってまいりましたが、彼はとてもいい声の使用人だと、個人的に思っております」
「本当に、わたしもそう思います。あと、お辞儀の姿勢もいいですね。
…わたし、あれからあんまりお会いできてなくて」
「本当でございますか?日比野は、比較的いつも屋敷におります」
ですよねー。
すれ違ってるのはなんとなく分かってた。
「でも、今日はお顔を見られたからよかったわ」なんて話をしていたら、後ほど、百合野さんが声をかけてくださったみたい。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「! …ただいま」
「お会いできて嬉しゅうございます」
わたしのテーブルの左側に立つ、日比野さん。
やっとお話しできた。
1ヶ月振りくらいじゃないかしら。
嬉しすぎて言葉が出てこない。百合野さん本当にありがとう……なんていいひと。
「日比野さん、わたしね、今日からお名前なの」
「さようでございますか!
…私にも教えていただけますか(なぜか小声)」
「メアリです(なぜか小声)」
「メアリお嬢様メアリお嬢様メアリお嬢様メアリお嬢様……覚えました」
さっき百合野さんと、あなたを褒めていたの、と言うと、顔の前でぶんぶん手を振って謙遜する。ぶんぶんしすぎて何かの動物みたい。
この日、夕方にお誕生日帰宅を予定していた。
午前中にお会いしてしまったから、日比野さんにはお祝いはしていただけないだろう。
でもお顔を見られたからいいや。
……と思っていたら。(次回へ続く)
ドアマン:金澤さん
執事:香川さん
フットマン:百合野さん
お世話いただいた方:影山さん、黒崎さん、汐見さん、日比野さん!
お見かけした方:藤堂さん、嘉島さん、隈川さん、杉村さん、他お名前不明
お食事:ヤヌス(アイルランド風キッシュ。これ好き)
紅茶:アンバー
(紅茶係:伊織さん)
カップ:ノリタケ イブニングマジェスティ(長旅から、おかえりなさい)